きのこ×フロンティア

第11回:雲と安楽椅子

2020.11.04 Wed

菌類・植物

前回の記事(2020年1月)からかなりの時間が経ってしまいましたが、その間に世の中の様相はがらっと変わってしまいました。新型ウイルスの猛威により、世界中で多くの人命が失われ、経済への打撃も測り知れません。一方で、それに伴う私たちの生活様式および価値観の変化は、必ずしも良くないことばかりとは捉えられておらず、むしろ肯定的な側面も指摘されています。これまで「当たり前」として忍容、甘受されてきた旧弊が見直され、社会にとって、あるいは自分自身にとって「本当に重要なものごと」が浮き彫りになり、図らずもそれと向き合う機会が得られたという例も多いのではないでしょうか。
ところで、大混乱に陥っているヒトを横目に、自然界の「きのこ」たちはかえって伸び伸びと生長しているようで、「絶滅危惧種」に指定されたことでも話題になった「マツタケ」は数十年に一度の大豊作ともいわれています。
それはさておき、「人間界に生きる私」と「自然界に生きるきのこ」の主たる接点は、中学生の頃から続けている各地の「きのこ観察会」への参加です。観察会は野山を歩きながら、実物のきのこを介して詳しい人に学ぶことができる貴重な機会で、家で図鑑や教科書を眺めているだけでは得がたい経験ができます。新規メンバーの参入のフック(取っ掛かり)としても重要で、観察会の質を高めることは、きのこ文化の裾野を広げ、盛り上げていくためには欠かせないことだと信じています。このコロナ禍を契機に観察会とは何かを考え直したところ、ずっと夢想してきたものの明確な形になることはなかった、「あたらしい」観察会への道筋が徐々に見えてきたので、今回はそれをご紹介しようと思います。

議論を進めていく前に、まずはきのこ観察会のおおまかな流れについて、読者の皆さんと共有しておこうと思います。

・参加者は一旦集合した後、各自バラバラに散らばってきのこを観察・採集する(会場や参加者のレベルによっては、講師が引率して全員で決まったルートを歩くこともある)。
・決められた時間までに再集合の場所に戻ってきて、新聞紙やブルーシートなどの上に採集品を並べる。
・分かる人が採集品を同定してグループ(分類群)ごとにまとめ、一段落したら講師が解説を加える。
・(合宿形式の観察会では夜遅くまで写真撮影、DNA抽出、顕微鏡観察、それと宴会、などを行うこともある)

これだけを見ると、別に参加者同士が「密」になる場面がないように思われるかもしれませんが、実際にはきのこのサイズが小さく、説明の際には顔を近づけて注目する必要があること、また参加者の多くがその写真を撮りたいと思っていることから、人が自然と一か所に固まってしまう傾向があります。どうすれば適切な距離(ディスタンス)を保ちつつ、同じ観察対象を共有できるかを考える必要があります。

今年のきのこ関係の行事は多くが中止になってしまいましたが、先日神奈川県のある公園にて、規模を縮小し、一般公開ではなくスタッフの研修という形で、『密を避け、てのひらの自然を共有する ~きのこ・カビの観察を例に~』というタイトルで講演+観察会のイベントを行いました。その時に、2点の「新様式」を試みたので以下に述べます。

一つ目としては、各自が撮影したきのこの写真を共有できる手段として、写真共有クラウドサービスの「30days Album」を利用しました。従来もGoogleドライブやLINEアルバムなどに、帰宅後にその日に撮った写真をアップロードして仲間うちで共有していた例はありますが、このサービスはURLと合い言葉があれば、ユーザー登録やアプリのダウンロードなしでも全員の閲覧・投稿が可能なので、手軽に使えて野外での即時性にも優れています。無料版は広告が多いのが難点ですが、初めての方でもちゃんと投稿や他の人の写真へのコメントまでうまくいきました。

このサービス単独では不可能ですが、将来的には投稿された写真の位置情報を利用して、参加者が観察会中に見つけたきのこの情報が地図(できればスマートグラスやスマートウォッチのようなウェアラブル端末上の!)にリアルタイムでマッピングされていき、各自が広い会場で散らばって観察していたとしても、興味のあるきのこがどこかで見つかれば、すぐに生えている場所に駆けつけることができるようなシステムを構築できればと思っています。

もう一つの試みとしては、微小な対象を覗き込まずに観察することができるよう、スマートフォンに接続可能なUSB顕微鏡「Jiusion Digital Microscope」を採用しました。本当は全参加者に配布したかったのですが、一個2千円と安価とはいえ(従来筆者は1台2万円のものを使ってきました)、確保できる数に限りがあったのと、USB Type-C端子を持つAndroidのスマートフォンでないと接続できない(iPhoneは基本的に非対応とのこと)ことも、やってみて初めて気が付いたことで、こちらは思っていたほどうまくいきませんでした。しかし、スマートフォンのマクロレンズを遥かに超えた倍率で手軽に野外のものが観察できることは画期的で、非常に好感触だったと思います。子どもたちにも喜ばれるのではないかと思います。

また、さらに挑戦したかったこととして「オンライン配信」がありますが、色々考えてはみたものの、実現できたとしても質の確保が難しいことが分かりました。他の生き物の観察会では既に試みている例もありますが、生放送の形式をとると、観察会はどうしても歩いている時間が大半を占めるので間延びしてしまいます。優れたトークやチャットで間を持たせるか、あるいは生放送はやめてダイジェスト版を後日配信するのが今のところは現実的かもしれません。

ところで、私はこれらの工夫を、コロナ禍が終息するまでの単なる応急措置だとは考えていません。きのこ観察は比較的生涯にわたって楽しめる趣味で、現に各地のきのこの会には多数のお年寄りが在籍していますが、残念ながら「引退」を余儀なくされることもあります。個人的に関わった経験から言えば、その主たる理由は「足腰の悪化」と「転居」ではないかと思います。いずれもきのこに対する情熱や関心を失ったせいではなく、やむを得ない事由なので、気の毒に感じます。時間と空間の制約を超え、クラウドを介して観察会の体験を共有することができれば、様々な可能性が広がるのではないかと思います。

また、夢物語のように聞こえるかもしれませんが、将来は観察会に自分の代わりに「テレプレゼンスロボット(アバターロボット)」に参加してもらうことも可能ではないかと思っています。スタートアップ企業の「Trefos」は森の中でカメラとLIDARを搭載したドローンを飛ばし、自律飛行で得られた画像や点群データを深層学習で処理して、一本一本の樹木を判別することで森林モニタリングの向上を目指しているとのことです[1]。従来衛星や航空機でなされてきたリモートセンシングよりもミクロなレベルで、林冠より下のデータが得られるのは画期的だと思いますが、きのこ1本を検出できる精度にもいずれ達するでしょうか?

LIDARといえば、つい1週間前(2020年10月23日)に発売されたばかりの「iPhone 12 Pro」にiPhoneとしては初めてLIDARスキャナが搭載され、今後さらに身近な技術になっていくと思われます。少なくとも私自身の足腰が悪くなる頃には、今よりも技術が進歩し、さながら「安楽椅子探偵」のように、自宅からロボットやドローン、あるいはそれに類する何かを操作し、きのこ観察を楽しめるようになることを願っています。

[1]NVIDIA AI Japan 「森の中へ。AI 搭載ドローンが森の木を見る」 https://www.facebook.com/NVIDIAAI.JP/posts/1476444482543816/ [2020年10月30日閲覧]

中島 淳志 (なかじま・あつし)

1988年生。2014年4月IMIC入職。安全性情報部所属。
学生時代には菌類分類学を専攻。現在は業務の傍ら、アマチュア菌類愛好家(マイコフィ
ル)として、地域のきのこの会等で菌類の面白さを伝える"胞子"活動を行う。
夢は地球上の全菌類の情報を網羅した電子図鑑を作ること。